大脳皮質拡延性抑制と片頭痛発生の連続性を説明する新しいパラダイム

Karatas H, et al. Spreading depression triggers headache by activating neuronal Panx1 channels. Science 2013;339:1092-1095.

慶應義塾大学神経内科
企画広報委員
柴田 護

【背景】

片頭痛の前兆が出現するメカニズムとしては、一過性の大脳皮質ニューロンの過剰興奮に引き続いておこる電気活動抑制状態が2-3 mm/分の速度で大脳皮質を伝播する大脳皮質拡延性抑制 (cortical spreading depression: CSD)と呼ばれる現象で説明可能という考え方が有力である。片頭痛の頭痛発生時には、三叉神経系が活性化されていると考えられているが、CSDによって三叉神経が活性化されるか否かについては、いまだ議論のあるところである。CSDによる三叉神経系活性化を仲介する候補物質としては、カリウムイオンやプロトンなどが提唱されている。しかし、大脳皮質ニューロンが活性化された結果、カリウムイオンやプロトン細胞外濃度が上昇したとしても、グリア境界膜 (glia limitans: GL)や髄液流などによる洗い出しの影響を受けるため、軟膜動脈周囲に存在する三叉神経を活性化するに十分な濃度上昇にまでは至らないのではないかという懸念が呈されている。本研究では、この問題点をクリアしたCSDと三叉神経系活性化の連続性を説明する新たなパラダイムが提示されている。

【方法・結果】

マウスにpropidium iodide (PI)を脳室内投与した後に、大脳皮質にpinprick刺激を行ってCSDを誘発した。すると、大脳皮質と小脳歯状核ニューロンがPIによって染色されたが、メガチャネルPannexin1 (Panx1)の阻害薬であるcarbenoxolone (CBX)とプロベネシド前投与で抑制された。さらに、siRNAによってPanx1の発現を抑制することでも同様の効果があった。以上の結果から、CSDによってPanx1が開口して、PIが細胞内に流入したと考えられた。さらに、免疫染色によって、PI陽性となったニューロンの99%でカスパーゼ1が活性化されていることが明らかとなった。カスパーゼ1は、HMGB1 (high-mobility group box 1)とインターロイキン1βの放出を介して炎症を惹起する作用があることが知られている。実際にCSDを誘導したマウスの髄液で定量してみると両者は増加していた。HMGB1の免疫染色を行ってみたところ、通常は核内に限局しているHMGB1がCSD誘導後は一過性に細胞質にも分布することが明らかとなった。一方、アストロサイトではCSD誘導後30分でNF-κBの核内移行が認められたが、CBX投与、抗HMGB1抗体、HMGB1のsiRNAの全てによって抑制された。GLを形成するアストロサイトでもNF-κBの核内移行が認められ、かつ誘導型一酸化窒素産生酵素 (inducible nitric oxide synthase: iNOS)とシクオオキシゲナーゼ-2 (COX2)の発現誘導も確認された。以上の所見は、Panx1開口後にカスパーゼ1活性化が起こり、ニューロンから放出されたHMGB1がアストロサイトに作用した結果、NF-κB活性化を介したiNOSとCOX2の誘導によって持続的に炎症性変化が生じること示していると考えられた。さらに、CSDによって遅発性に生じる中硬膜動脈 (MMA)の血流上昇と硬膜肥満細胞の脱顆粒もCBXやHMGB1のsiRNAによって抑制された。特に前者は、NSAIDであるナプロキセンでも阻害されたため、COX活性化の関与も明らかとなった。

【結論】

HMGB1はalarminファミリーに属する蛋白質であり、傷害を受けた細胞から放出されて、周囲の細胞に細胞傷害性の変化が迫っていることを警告する作用があると考えられている。本研究によって、CSDがPanx1メガチャネルの作用を介して大脳のニューロンからのHMGB1放出を促し、それがアストロサイトに作用した結果、持続性の炎症性変化が惹起されるという新たなカスケードが明らかにされた。このパラダイムによって、前兆から頭痛発生が起こるまでの潜時が存在すること、GLや髄液流の影響を受けずに軟膜動脈周囲の三叉神経を活性化できること、片頭痛の頭痛時間が4時間以上と比較的長い時間持続することは非常にうまく説明できる。しかし、なぜ硬膜における神経原性炎症まで惹起されるのかという点については解決されていないように思われる。これに関しては、硬膜を支配する三叉神経が側枝を脳実質や骨膜にも出しているという解剖学的データが最近になり明らかにされたため、おそらくはそのような三叉神経ニューロンの軸索反射の関与も考慮すべきと考えられる。