片頭痛メカニズムにおけるオレキシン機能異常の役割

Hoffmann J, et al. Evidence for orexinergic mechanisms in migraine. Neurobiol Dis 2014;74C:137-143. doi: 10.1016/j.nbd.2014.10.022.

慶應義塾大学神経内科
企画広報委員
柴田 護

【背景・目的】

片頭痛の予兆では、食欲や睡眠の異常など視床下部障害を思わせる症状が出現することがよく知られている。また、片頭痛発作には自律神経症状が随伴することがあるが、視床下部には自律神経機能の中枢が存在する。さらに、視床下部A11から三叉神経頸髄複合体 (trigemino-cervical complex: TCC)には下行線維が分布しており、侵害受容機能の調節を行うことも明らかになっている。オレキシン (orexin)は視床下部ニューロンを始め中枢神経系に広く分布する神経ペプチドであり、オレキシンAとオレキシンBの2つのサブフォームが存在する。また、オレキシン受容体にはOX1とOX2が存在するが、両者はしばしば互いに拮抗した作用を呈することが知られている。本研究では、両者の機能を阻害するDORA (dual orexin receptor antagonist)-12の投与が、皮質拡延性抑制 (cortical spreading depression: CSD)の発生と三叉神経領域の侵害性刺激によって引き起こされたシグナルのTCCでの神経伝達にどのような影響を与えるかを検討している。

【方法・結果】

雄性Sprague-Dawleyラットを用いて、頭頂葉皮質上に頭窓を設置した。一部の動物では、双極性の刺激電極で矩形パルス状の電気刺激を中硬膜動脈近傍に加えた。これによって、三叉神経終末からカルシトニン遺伝子関連ペプチド (calcitonin gene-related peptide: CGRP)が放出され中硬膜動脈の拡張が引き起こされる。このようにして誘発された血管拡張を生体内顕微鏡で定量的に測定した。また、第一頸髄レベルで硬膜と軟膜を除去後に、タングステン電極をTCCに設置し、非侵害性刺激・侵害性絞扼刺激・硬膜電気刺激のいずれにも反応する高作動域ニューロン (wide dynamic range neuron: WDRニューロン)を同定した。さらに、他の動物では固形塩化カリウムを頭頂葉皮質に局所投与してCSDの誘発を行った。また、DORA-12 (1 mg/kg)投与は経静脈的に行った。硬膜電気刺激による神経原性の硬膜血管拡張は、DORA-12投与後5分で有意に抑制され、投与60分後の時点まで抑制される傾向を示した。また、硬膜電気刺激で誘発されたWDRニューロン活動はDORA-12投与後5~60分の時点で有意に抑制された。さらに、DORA-12はKCl誘発性のCSDの出現を有意に抑制した。

【考察・結論】

本研究の最も重要な所見は、オレキシンの受容体OX1とOX2の両者を抑制することは、三叉神経系の神経原性血管拡張・三叉神経二次ニューロンの活動・CSD発生という片頭痛発生に非常に重要な現象を全て抑制したということにある。したがって、DORA-12は片頭痛発作予防薬として有望な薬剤と考えられる。片頭痛発作初期にオレキシン濃度上昇の報告があるため、オレキシン受容体の刺激も生じていると思われるが、どちらのタイプの受容体に作用するかで結果として起こる反応は変化するため、オレキシン機能の抑制は困難と考えられてきた。しかし、今回のDORA-12の効果を考えると、OX1とOX2の両者の同時抑制が片頭痛治療として正しい選択肢である可能性が高まったといえる。また、本研究の結果から、オレキシンの抗片頭痛作用の機序には末梢性と中枢性の両者の要素があると考えられる。なお、同様の機能を有する薬剤としてスボレキサント (suvorexant)が挙げられ、不眠症治療に応用されている。