GWASデータを用いた片頭痛と冠動脈疾患の遺伝的リスクの比較検討

Winsvold BS, et al. Genetic analysis for a shared biological basis between migraine and coronary artery disease. Neurol Genet 2015;e10; doi: 10.1212/NXG.0000000000000010

慶應義塾大学神経内科
企画広報委員
柴田 護

【背景】

片頭痛では、特に前兆のある片頭痛において虚血性脳卒中との合併が高いことを示す疫学データが存在する。アテローム血栓性梗塞と冠動脈疾患との合併率が高いことは知られているが、片頭痛と冠動脈疾患との関連性についての知見は現時点で非常に乏しい。本研究では、両疾患を対象に行われたゲノムワイド関連研究 (GWAS)で明らかにされたSNPを網羅的に解析し、両疾患の遺伝的関連について検討を加えている。

【方法・結果】

片頭痛についてはIHGC (International Headache Genetics Consortium)、冠動脈疾患についてはCARDIoGRAM (Coronary ARtery DIsease Genome-Wide Replication And Meta-Analysis)という大規模GWASが既に行われている。前者では片頭痛患者19981人と対照者56667人を、後者では冠動脈疾患患者21076人と対照者63041人をそれぞれ対象にした。本研究では、これらの大規模データをもとに、複数の解析を行って両者の遺伝的関連性を解析している。まずは、両研究から明らかになった疾患に関連したSNPに共通性がないかを検討している。実際にタイピングされたSNP以外に、imputation (インピューテーション: HapMapデータから異なるSNPであるAとBの間に不平衡連鎖が存在して強い相関性が明らかになっている際に、既に行われたGWAS研究でAのみがタイピングされて明らかであっても、そのAの型からBの型が高い精度で予測される場合に、それを適用して解析を進めること)によって推測されたSNPも含めた2342101個を対象に解析が開始された。その結果、両疾患に共通して関連性を示すSNPがp ≦ 1 x 10-2で146個、p ≦ 1 x 10-6で1個確認された。さらに、前兆のある片頭痛 (MA)と前兆のない片頭痛 (MO)の区別が可能な症例で個別に解析を行うと、p ≦ 1 x 10-4よりも厳しい検定を行っても有意水準でオーバーラップを示すSNPはMO患者のみにしか存在しなかった。次に冠動脈疾患に関連するSNPを弱リスク、中リスク、強リスクに分類し、それぞれがどの程度片頭痛患者で認められるかを見るpolygenic risk score analysisを行っている。その結果、冠動脈の強い遺伝リスクを有する患者では片頭痛を発症するリスクが有意に低いことが判明した。片頭痛全体では、中リスクSNPを含むオッズ比は有意に低く (p < 0.007)、二次解析によってMOでのみ中リスクと強リスクを含むオッズ比が有意に低いことが明らかとなった (それぞれp < 1.5 x 10-4 、p < 5.1 x10-4)。次に、cross-phenotype spatial mapping (CPSM)と呼ばれる手法によって、両疾患に共通して関連するSNPの遺伝子上の分布を検討し、16個の部位が同定できた。特に顕著な有意水準を示したのは、6p24におけるPHACTR1遺伝子内 (冠動脈疾患: rs4714955, p = 9.8 x 10-11; 片頭痛: rs9349379, p = 5.9 x 10-9)であった。また、17q21におけるUBE2Z遺伝子内のrs46522 (p = 2.6 x 10-7)が冠動脈疾患に、SNF8遺伝子とGIP遺伝子の間に存在するrs11079844 (p = 3.1 x 10-5)が片頭痛にそれぞれ相関性を示した。しかも、この2つのSNPにはGIP遺伝子のSer103Glyおよびスプライシング部位変化によって短い遺伝子産物を生じるバリアントとの連鎖不平衡が確認された。また、16個の部位のうち10個は冠動脈疾患と片頭痛に逆方向の相関性を呈し、16個の全てはいずれの片頭痛病型にも同じ方向の関連性を呈したが、12個に関してはMAよりもMOにより低いp値を示した。

【結論】

片頭痛および冠動脈疾患の両者を規定するSNPが複数確認されたものの、その方向性は逆であり、片頭痛患者では冠動脈疾患のリスクが非患者に比較して低いことが厳密な方法によって示されたといえる。しかも、冠動脈疾患との関連性はMAよりもMOで強かったことは、MAがMOに比較して虚血性脳卒中に対するリスクが高いことと対照的である。ただし、本研究はあくまで遺伝子レベルでの解析結果を報告したものであり、実際の発症には後天的な要因が大きく関与する。実際に、MA患者では冠動脈疾患の死亡リスクが2倍に高まるという疫学調査も存在する (Bigal ME, et al. Neurology 2010;74:628-635.)。