㈵−19
特発性低髄液圧性頭痛はどのように診断し,治療するか

 

推奨
1.   診断
 特発性低髄液圧性頭痛は国際頭痛分類第 2 版( ICHD- ㈼)のに準拠して診断する.
2.  治療
  治療はまず安静臥床・輸液などの保存的療法を 行う . 改善が認められない場合に画像診断で髄液漏出部位を 確認できれば , 硬膜外血液パッチ( epidural blood patch : EBP) などの侵襲的な治療 の適応を考える .
推奨のグレード
A  
 

 

背景・目的

国際頭痛分類第 2 版( ICHD- ㈼)によると,低髄液圧による頭痛は, 7 .「非血管性頭蓋内疾患による頭痛」の 7.2 「低髄液圧による頭痛」にコード化され,さらに下記のサブフォームに細分化される 1)
  7.2.1 硬膜穿刺後頭痛
  7.2.2 髄液瘻性頭痛
  7.2.3 特発性低髄液圧性頭痛
 
 特発性低髄液圧性頭痛は,自発性頭蓋内圧低下症 (spontaneous intracranial hypotension) ,一次性頭蓋内圧低下症 (primary intracranial hypotension) ,髄液量減少性頭痛 (low CSF-volume headache) ,低髄液漏性頭痛 (hypoliquorrhoeic headache) などの呼称が用いられてきたが,「特発性低髄液圧性頭痛」 (7.2.3 Headache attributed to spontaneous (or idiopathic) low CSF pressure) が採用された 1)
特発性低髄液圧性頭痛の本態は脳脊髄液量の減少による 1-4) .脳脊髄液量減少は頭痛のみならず,多彩な症状を出現させる ( 低髄液圧症候群 ) .髄液圧は Monro-Kellie doctrine により代償されて正常圧となりうる4) .そこで特発性低髄液圧性頭痛に対して「脳脊髄液減少症」という病態名も提唱されている 5)
 特発性低髄液圧性頭痛は「特発性」という名称にもかかわらず,最近は神経根の通過する dural sleeve からの漏出( dural tear )や髄膜憩室からの漏出が有力な原因とされている 3-5) .その誘引としては,いきみ,咳込み,気圧の急激な低下,性行為,頭頸部外傷,しりもち,結合組織の異常による硬膜脆弱性などが挙げられている.低髄液圧の原因にはビタミン A 低下症など髄液の産生低下によるものも存在することに留意する 6)
 頭部外傷後遺症,むち打ち症,自律神経失調症,不定愁訴,慢性疲労症候群,うつ病と診断されてきた もの のなかに 「脳脊髄液減少症」が含まれている可能性が本邦で報告されている 5) 7)


解説・エビデンス

■7.2.3 「特発性低髄液圧性頭痛」の診断基準 (ICHD- ㈼ ) 1)
A. 頭部全体 および・または 鈍い頭痛で,座位または立位をとると 15 分以内に増悪し,以下のうち少なくとも 1 項目を満たし,かつ D を満たす
 1. 項部硬直
 2. 耳鳴
 3. 聴力低下
 4. 光過敏
 5. 悪心
B. 少なくとも以下の 1 項目を満たす
 1. 低髄液圧の証拠を MRI で認める ( 硬膜の増強など )
 2. 髄液漏出の証拠を通常の脊髄造影, CT 脊髄造影,または脳槽造影で認める
 3. 座位髄液初圧は 60 ミリ水柱未満
C. 硬膜穿刺その他髄液瘻の原因となる既往がない
D. 硬膜外血液パッチ後, 72 時間以内に頭痛が消失する
 
ICHD- ㈼の基準には特発性低髄液圧性頭痛 ( 以後 SIH : spontaneous intracranial hypotension と略記 ) の症状,検査所見,治療が簡潔に定義されている. SIH の診断・治療法については この診断基準から出発するのが適当である.診断基準の D 項目として硬膜外血液パッチによる症状改善が診断条件に含まれているが,これは硬膜外血液パッチを施術しないと特発性低髄液圧性頭痛と診断できないと いうことで はなく, SIH に硬膜外血液パッチを施術した場合は「 72 時間以内に頭痛が消失する」と いう意味で ある.
 
●頭痛について
 起立性頭痛 orthostatic headache が特徴であるが,それが顕著でないケース,まれに逆説的体位性頭痛のこともある 3) .時に雷鳴頭痛として発症する症例もある 8) .低髄液圧症候群以外の起立性頭痛の原因としてたとえば体位性頻拍症候群( POTS )が挙げられる 9)
 
●頭痛以外の症状
ICHD- ㈼では項部硬直,耳鳴,聴力低下,光過敏,悪心のなどの症候を診断条件に挙げている.日本脳脊髄液減少症研究会は脳脊髄液減少症の症状として表 1 のような症状を挙げている.これらは発熱・下痢などの軽度の脱水状態で症状が悪化する 5)
 
表 1. 脳脊髄液減少症の症状 ( 日本脳脊髄液減少症研究会 )
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1 )痛 み:
* 頭痛, * 頸部痛, * 背部痛,腰痛,四肢痛
2 )脳神経症状:
* 嗅覚障害, * 視力障害, * 複視,顔面違和感
* 聴力障害,耳鳴,眩暈, * 味覚障害,咽頭違和感
3 )自律神経症状 :
* 微熱, * 動悸,胃腸障害(腹痛・便秘・下痢),手足冷感, * 発汗異常
4 )高次大脳機能,精神症状:
記憶力低下,思考力低下, * 集中力低下, * 睡眠障害,うつ状態
5 )その他:
内分泌障害,全身倦怠感
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* を付した症状は多くの患者に共通して認められる症状を示す.
 
●髄液圧
SIH の診断には腰椎穿刺を行い,髄液圧の低下を証明することが重要ではあるが,腰椎穿刺自体がさらなる髄液漏出を招く可能性があるので,硬膜の増強など MRI 所見陽性の患者では避けるべきである. SIH でも髄液圧は Monro-Kellie の法則により正常圧となる可能性もある ( 宮澤の報告では 18% , Mokri の報告でも 18% が該当) 4) 10) . ICHD- ㈼の診断基準では MRI 所見,脊髄・脳槽造影所見,髄液圧の少なくとも 1 項目を満たせば必ずしも低髄液圧でなくてもよいとされている.
 
●画像診断
 脳脊髄液減少症の画像診断検査には脳脊髄液漏出を診断 3-5)する RI cisternography や CT/MR myelography による直接所見と,脳脊髄液減少を示す MRI 所見がある ( 表 2) .通常のCTの診断的価値は乏しい.まれに低髄液圧症候群には両側性慢性硬膜下血腫を合併することもあり,その場合はCTも診断の補助になりうる.
MRI による硬膜造影所見は低髄液圧症候群を疑う有力な根拠であるが,必ずしもこの像が捉えられるとは限らない.一方,悪性腫瘍の硬膜浸潤,肥厚性硬膜炎など多くの疾患で硬膜造影が認められる 4) .
 
表 2 脳脊髄液減少症の画像診断
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1 )低髄液圧の所見(関接所見)
MRl (単純 + ガドリニウム (Gd) 造影,矢状断 + 冠状断)
 a )脳偏位の所見
硬膜下腔拡大,小脳扁桃下垂,鞍上槽の消失, 脳幹(橋)の扁平化
 b )うっ血の所見
びまん性硬膜増強効果,脳表静脈の拡張,脳下垂体の腫大
2 )脳脊髄液漏出の診断(直接所見)
RI cisternography , CT/MR myelography
 a )脳脊髄液漏出像
 b ) RI 膀胱内早期集積像
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● Mokri によると髄液量減少症候群は表 3 の 4 タイプに分かれる 2) 3) . SIH はさまざまな病型があることに留意して診断する.
 
表 3 髄液量減少症候群の 4 タイプ (Mokri, 1999)
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㈵型(典型):
頭痛あり, MRI 異常,低髄液圧
㈼型(正常圧型):
頭痛あり, MRI 異常,髄液圧正常
㈽型(正常髄膜型):
頭痛あり,低髄液圧,硬膜造影なし
㈿型(無頭痛型):
低髄液圧, MRI 異常,頭痛なし
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■治療
SIH に対して Mokri は表 3 に示すような治療法を挙げている 3)
 
低髄液圧症候群の治療法 (Mokri, 2004)
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1. 安静臥床
2. 水分補給
3. カフェイン
4. テオフィリン
5. 腹帯
6. コルチコステロイド
7. 消炎鎮痛薬
8. 硬膜外血液パッチ( EBP )
9. 硬膜外生理的食塩水持続注入
10. デキストランの硬膜外注入
11. フィブリン糊硬膜外注入
12. 液体髄注
13. 漏出部位の修復術
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SIH の治療法は保存的治療と侵襲的治療に分かれる. SIH はときには自然治癒することもあり,その補助手段として安静臥床と輸液( 1000 〜 1500 mL/ 日)などの保存的治療は有効である.約 2 週間の治療が望ましい 4) 5)
侵襲的治療として は硬膜外血液パッチ( epidural blood patch : EBP ) が ある 3-7) .漏出部位が同定されている場合には,その近傍から EBP を施行する.漏出部位が同定されていない場合には,まず腰椎部から EBP を施行し,次に頸椎〜上位胸椎部から EBP を施行して脊椎硬膜外腔の全域に血液パッチを行う.その際には, EBP に用いる血液に造影剤を加えて(血液:造影剤= 3 : 1 ), X 線透視下に EBP の血液の拡散を確認するとよい.注入量:腰椎部から注入する際は,成人男性 20 〜 30 mL ,成人女性 15 〜 25 mL ,頸椎・胸椎から注入する際は 15 mL 以下が目安となる 5) .
EBP の効果は Sencakova らによると 36%(9/25) は最初の EBP によく反応, 33%(5/15) は 2 回目の EBP で症状消失, 3 回以上(平均値 4 回)の EBP により 50% ( 4/8 )が有効であった.外傷性低髄液圧症候群については改善以上が 65%(95/147) と報告されている 7) . EBP の厳密な RCT による有効性の検討は今後の課題といえる.

 

 

参考文献のリスト

1) Headache Classification Subcommittee of the International Headache Society
.  The International Classification of Headache Disorders: 2nd edition. Cephalalgia
  2004;24 Suppl 1:9-160.
2) Mokri B. Spontaneous cerebrospinal fluid leaks: from intracranial hypotension to
  cerebrospinal fluid hypovolemia--evolution of a concept. Mayo Clin Proc
  1999;74:1113-1123.
3) Mokri B. Spontaneous Intracranial Hypotension Spontaneous CSF Leaks.
  Headache Currents 2004;2:11-22.
4) 宮澤康一 . 特発性低髄液圧症候群の診断と治療 . 脳と神経 2004;56:34-40.
5) 喜多村孝幸 . 低髄液圧症候群 ( 脳脊髄液減少症 ). 今月の治療 2005;13:549-
  553.
6) 寺本純 . ボツリヌスおよびブラッドパッチ . 脳と神経 2004;56:663-668.
7) 篠永正道 , 鈴木伸一 . 外傷性低髄液圧症候群 ( 髄液減少症 ) の診断と治療 .
  神経外傷 2003;26:98-102.
8) Famularo G, Minisola G, Gigli R. Thunderclap headache and spontaneous
  intracranial hypotension. Headache 2005;45:392-393; author reply 393.
9) Mokri B, Low PA. Orthostatic headaches without CSF leak in postural
  tachycardia syndrome. Neurology 2003;61:980-982.
10) Mokri B, Hunter SF, Atkinson JL, Piepgras DG. Orthostatic headaches caused
  by CSF leak but with normal CSF pressures. Neurology 1998;51:786-790.
11) Sencakova D, Mokri B, McClelland RL. The efficacy of epidural blood patch in
  spontaneous CSF leaks. Neurology 2001;57:1921-1923.12)

検索式・参考にした
二次資料
・検索 DB: PubMed (2005/05/24) 1965-2004
intracranial hypotension 1645
spontaneous 308
primary 65
idiopathic 65
hypoliquorrheic headache
spontaneous 2
low spinal fluid pressure 15
epidural blood patch 511
 
・検索 DB: 医中誌 (2000 〜 2005/05/24)
低髄液圧症候群 /AL 128
頭蓋内圧低下 /TH or 頭蓋内圧低下症 /AL) and ( 自発性,一次性 ) の検索結果 256
( 血液 or ブラッド ) パッチ /AL 38