このガイドラインは慢性頭痛(一次性頭痛:新国際頭痛分類による)診療のレベルの向上,標準化,および専門医のみでなくプライマリー・ケアー医への普及を目的として作成された.プライマリー・ケアー医には校医,産業医,脳ドック医なども含まれる.
本ガイドラインの作成は厚生労働省科学研究費補助金,こころの健康科学研究事業としておこなわれたが,本研究班分担研究者とともに,日本頭痛学会の全面的な協力を得た.頭痛診療の臨床的課題(クリニカルクエスチョン: CQ )の抽出にあたっては,患者の会からの情報も参考にした.患者向けガイドラインは日本頭痛学会と共同で作成中である.
ガイドラインが推奨する項目は一次性頭痛全般につき診断,治療,予防法を網羅した.新国際頭痛分類・診断基準の全訳と診断アシストパッケージ(頭痛ダイアリー,問診表と診断アルゴリズム)の作成により,一次性頭痛の標準的診断法が可能となる.治療に関しては,国内外の慢性頭痛治療に関するエビデンスが一覧できると共に,国内での治療効果のエビデンスや,治療法選択の基礎となる病態の研究も理解できる.本ガイドラインには,効率的で標準的な診断と治療の国内のエビデンスが集約されており,日本での頭痛医療の推進に役立つことを期待する.
本ガイドライン作成の目的は,これまで本邦で効果的な頭痛診療のプロセスがなく,不十分とされていた慢性頭痛の標準的医療を普及させることである.一次性頭痛,とくに片頭痛は有病率,支障度も高く,多くの国民が頭痛のために日常生活に犠牲を強いられている.
WHO の報告でも片頭痛は健康寿命を短縮する疾患の 12 位(女性)にランクされている.しかし自覚症状が主で他覚的所見に乏しいため,これを分類し,病態を究明し,治療法を開発することは困難であった.近年,頭痛にいかに科学的アプローチを行うかの研究が始まり,脳科学の一分野として進歩している.本研究班が初年度に参加した国際頭痛分類改訂は,頭痛の症候学についての過去の膨大なエビデンスを科学的に抽出し整理したものである.本ガイドラインは,新しい分類・診断基準に基づき本邦の頭痛の疫学,患者および医療の実態,治療薬の効果を調査した上で作成されたものである.
ガイドライン作成にあたり,臨床現場で何が問われているかについてのクリニカル・クエスチョン( CQ )の調査を十分に行った.
CQ は専門医のみでなく一般臨床医のアンケート調査からも抽出した.この実態調査には患者集団からの協力も得て CQ の参考とした.
すなわち,臨床的課題を明確にし,それに対する勧告を行うようにした.
対象疾患は,新国際分類で一次性頭痛と分類された片頭痛,緊張型頭痛,群発頭痛,その他の一次性頭痛とした.それに加え,頭痛医療全体に対する CQ に対応するため,頭痛一般についての項を設けるとともに, CQ が多かった薬物乱用頭痛,小児頭痛,遺伝などの項目も追加した.
科学的根拠の検索には系統だった手法を用いた.すなわち表1に示す基準に従って Pubmed , Cochrane Library, 医学中央雑誌その他を利用して検索,その結果を統合してそれぞれの CQ に対する推奨,推奨グレードを作成した ( 表2 ) .
表1 Oxford EBM センター・エビデンスレベル( 2001 )
レベル
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内容
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Ⅰ a
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均質な 1) ランダム化比較試験の系統的レビュー |
Ⅰ b
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信頼区間の狭い 1 個のランダム化比較試験 |
Ⅰ c
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すべてか-なしか 4) |
Ⅱ a
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均質なコホート研究による系統的レビュー |
Ⅱ b
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1 個のコホート研究(質の低いランダム化比較試験を含む;たとえば追跡率 80 %未満のもの) |
Ⅱ c
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アウトカム研究 |
Ⅲ
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均質な症例対象研究による系統的レビューあるいは 1 個の症例対象研究 |
Ⅳ
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症例集積研究と質の低いコホート研究や症例対照研究 |
Ⅴ
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明白な批判的吟味のない,あるいは生理学や実験室での研究,根本原理に基づく専門家の意見 |
表2 推奨のグレード ( 強さ)
グレードA
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行うよう強く勧められる |
グレードB
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行うよう勧められる
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グレードC
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行うよう勧めるだけの根拠が明確でない
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グレードD
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行わないよう勧められる
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それぞれの推奨およびそのグレードは,厚生労働省班研究の分担研究者,研究協力者 ( 表 3) により議論された.推奨と科学的根拠との関連の結びつけは十分な議論のうえでコンセンサスが得られたものである.作成の手順は,福井,丹後による「診療ガイドラインの作成手順v 4,3 」に沿うとともに,作成過程で財団法人日本医療機能評価機構のマニュアルあるいは意見を参考とした.
本ガイドラインは標記の厚労省研究班の分担研究者および研究協力者が中心となり作成した. CQ の抽出には,地域医師会および患者団体( J-Happy の会)の協力を得た.
慢性頭痛診療ガイドラインは診療を支援するためであり,診療を拘束するものではない.欧米に比して遅れていると考えられている本邦の頭痛医療を,患者中心に展開していくための指針を提供する内容となっている.臨床の現場では,ガイドラインとともに医師の経験が重要となる.患者の満足度を考慮に入れたベストな臨床的判断を行うために活用されることが期待される.ガイドラインの内容は,頭痛診療への一般的アプローチを総論とし,引き続きそれぞれの一次性頭痛の診断と治療につき記した.さらに,頭痛医療の展開に重要と考えられる病診連携,職場や学校での頭痛対策,小児の頭痛診療の要点,頭痛に関する分子遺伝学の進歩につき記されている.
本ガイドラインの特徴のひとつは,国内で得られた頭痛診療のエビデンスが取り入れられていることである.厚生労働省班研究の成果により,これまで国内では充分でなかった頭痛医療のエビデンスを得ることができた.例えば,片頭痛急性期治療薬の日本人に対する至適使用法,片頭痛治療薬としての漢方の効果,ボツリヌストキシンの日本人片頭痛患者への効果,緊張型頭痛に対する治療薬の効果などが比較試験で確認された.
WHO の Atlas of Neurological Disease(2005) では,西太平洋地区でプライマリーケアーを受診する神経疾患のトップに頭痛があげられている.患者にとって頭痛診療の需要がきわめて多いことがわかる.本ガイドラインは国内外の科学的根拠に基づき作成されたものであり,慢性頭痛を治療する多くの医師が効率的かつ標準的治療を行う上で必須である.慢性頭痛に悩む患者にとっても最適治療への早道が提示されている.
本ガイドラインは普及の目的で日本頭痛学会誌およびそのホームページに掲載し, 3 年毎に日本頭痛学会により改訂の予定である.
平成 17 年 3 月
主任研究者 坂井文彦
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