慢性片頭痛と薬物乱用頭痛の付録診断基準の追加について

2006年6月
日本頭痛学会・新国際分類普及委員会

国際頭痛学会は2004年に The International Classification of Headache Disorders 2nd Edition( ICHD-II )1) として国際頭痛分類と診断基準第2版を公開した.同年,日本頭痛学会の新国際分類普及委員会と厚生労働科学研究班が中心となって,日本語版 2) を作成し公開した. ICHD-II の第1版からの重要な変更点のひとつが慢性片頭痛( chronic migraine, CM) の導入とこれに連動する形での薬物乱用頭痛( Medication overuse headache, MOH )の診断基準の採用であった.CM は薬物乱用が無いことが前提であり MOH の診断には 乱用薬物の中止により頭痛が軽減することを確認することが要件となっている.
2006年6月に発刊された国際頭痛学会誌 Cephalalgia に国際頭痛学会頭痛分類委員会から, CM の概念を拡張する新しい基準が appendix (付録)として公表された 3) .新しい CM の付録診断基準(表1)と MOH の付録基準(表2)が示されている.
CM の新付録基準のポイントは,トリプタンやエルゴタミンが有効な症例は,現在の頭痛の性状が必ずしも片頭痛の特徴を示さなくともよいとした点である.ただし,少なくとも過去には前兆のない片頭痛の診断基準を満たす頭痛を持っていることが必須である.これは,純粋な緊張型頭痛にトリプタンは無効であるが,片頭痛患者においては,彼らの緊張型頭痛の診断基準をみたす頭痛発作にもトリプタンがかなり有効であるとの研究成果なども論拠となっている.
MOH の新付録基準のポイントは薬物乱用があれば診断できることとし,中止による頭痛の改善を要件としなくなった点である.3ヵ月以上にわたる薬物乱用があって,新たに頭痛が出現するか,元々の頭痛が著明に悪化した場合に MOH とする.
連日性の頭痛は頭痛診療上,重要な問題であり,しばしば治療に難渋する. ICHD-II では慢性連日性頭痛( chronic daily headache , CDH )の用語および概念は採用されなかった. Silberstein ら 4) が提唱している CDH の概念は,反復性( episodic )におこる片頭痛が慢性化する変容片頭痛と慢性緊張型頭痛が主要なサブカテゴリで,その他,比較的稀であるが持続性片側頭痛と新規発症持続性連日性頭痛からなり,薬物乱用を伴うものと伴わないものにさらに細分されていた.CDH の用語は しばしば, CM や変容片頭痛とほぼ同義にも使用されてきた. Silberstein の CDH の概念 は日常臨床で広く使用されているが,メカニズムや頭痛発作のタイプを元に分類する ICHD-II の分類方針とはなじまない点があることも指摘されており, ICHD-II では前述のような基準が採択された.しかしながら, ICDH-II の基準を実際に使用してみると,CM の診断基準を満たす患者はきわめて稀であり,慢性的な片頭痛様の頭痛でも,診断基準上は慢性緊張型頭痛と分類せざるをえないケースがあると思われる.また MOH は薬物乱用がある時点では「 MOH の疑い」と診断し,中止により頭痛が改善してはじめて MOH と診断される.確定診断がなされた時点では MOH 自体は消失しているので,「 MOH に罹患していた患者」はいるが,「 MOH に罹患している患者」はいないという奇異な状況があった.このような観点からこれまで多くの批判や議論がなされてきたわけであるが,これらをふまえて今回の付録基準が公開されたものである.なお,複数の急性期治療薬の組み合せによる薬物乱用頭痛(# 8.2.6 )は乱用日数の基準が 15 日であったが, 2005年の改訂5)で10日に変更になった.今回の付録基準では15日となっている.
これらの新基準は ICHD-2 の付録として追加されており,すなわちこれらは将来の科学的評価のために試験的に使用されるということを意味するが,薬剤の治験などの研究デザインに組み込んで使用することも可能であると推奨している.この付録診断基準の有用性が明確に示されれば, 2010 年頃に予定されている ICHD-II の改定版で正式な基準として採用されるものと考えられる.本邦の頭痛診療に携わる方々にとっても,CM と MOH の新しい付録基準の情報は重要かつ有用と思われここに解説した.

表1 慢性片頭痛の改訂基準

付録  A 1.5.1  慢性片頭痛 ( Appendix 1.5.1 Chronic migraine )

  • A 頭痛(緊張型または片頭痛あるいはその両方)が月に15日以上の頻度で3ヵ月以上続く *
  • B 1.1 前兆のない片頭痛の診断基準をみたす頭痛発作を 少なくとも5回は経験している患者におこった頭痛.
  • C 少なくとも 3 ヵ月にわたり,次の C1 または C 2あるいはその両方を満たす頭痛が月に 8日以上ある.すなわち,前兆のない片頭痛の痛みの特徴と随伴症状がある.
    1. 以下のa~dのうちの少なくとも2つを満たす.
    2. (a) 片側性
      (b) 拍動性
      (c) 痛みの程度は中程度または重度
      (d) 日常的な動作(歩行や階段昇降など)により頭痛が増悪する、あるいは頭痛のために日常的な動作を避ける.そして,以下の  a または b の少なくともひとつ.
         (a) 悪心または嘔吐(あるいはその両方)
         (b) 光過敏および音過敏

    3. 上記 C 1の頭痛発作に進展することが推定される場合にトリプタン又はエルゴタミン製剤による治療により頭痛が軽減する.
  • D 薬物乱用が存在せず † ,かつ,他の疾患によらない ‡ .
    * 頻繁におこる頭痛の特徴を明確にするためには,通常,少なくとも 1 ヶ月は日々の頭痛と随伴症状の性状を記録する頭痛ダイアリーをつける必要がある.ダイアリーのサンプルは Web から入手できる( http://www.i-h-s.org )

† 薬物乱用は  8.2 薬物乱用頭痛の項に従って定義される.
‡ 病歴および身体所見・神経所見より頭痛分類 5 ~ 12 を否定できる、または、病歴あるいは身体所見・神経所見よりこれらの疾患が疑われるが、適切な検査により除外できる、または、これらの疾患が存在しても、初発時の発作と当該疾患とは時間的に一致しない。

表2 薬物乱用頭痛 の改訂基準

付録  A8.2 薬物乱用頭痛の診断基準( Appendix 8.2 Medication overuse headache Diagnostic criteria: )

  • A 頭痛は1ヵ月に 15 日以上存在する.
  • B 8.2 のサブフォームで規定される1種類以上の急性期・対症的治療薬を3ヵ月を超えて定期的に乱用している
    1. 3ヵ月以上の期間,定期的に1ヵ月に 10 日以上エルゴタミン,トリプタン,オピオイド,または複合鎮痛薬を使用している.
    2. 単一成分の鎮痛薬,あるいは,単一では乱用には該当しないエルゴタミン,トリプタン,オピオイドのいずれかの組み合わせで合計月に 15 日以上の頻度で 3 ヵ月を超えて使用している.
  • C 頭痛は薬物乱用により発現したか,著明に悪化している.

文献

  1. Headache Classification Subcommittee of the International Headache Society.
    The International Classification Of Headache Disorders; 2nd Edition. Cephalalgia. 2004; 24(suppl 1):1-160
  2. 国際頭痛分類第 2 版日本語版.日本頭痛学会誌 2004. 2004; 31:13-188
  3. Olesen J, Bousser MG, Diener HC et al. New appendix criteria open for a broader concept of chronic migraine.
    Cephalalgia. 2006; 26:742-746
  4. Silberstein SD, Lipton RB, Sliwinski M. Classification of daily and near-daily headaches:Field trial of revised IHS criteria. Neurology. 1996; 47:871-875
  5. Silberstein SD, Olesen J, Bousser MG et al. The International Classification of Headache Disorders, 2nd Edition (ICHD-II)--revision of criteria for 8.2 Medication-overuse headache.
    Cephalalgia. 2005; 25:460-465