前庭性片頭痛患者に認められる視覚系と前庭系の相互作用の異常

Bednarczuk NF, et al. Abnormal visuo-vestibular interactions in vestibular migraine: a cross sectional study. Brain 2019 Feb 12. doi: 10.1093/brain/awy355.

慶應義塾大学神経内科
企画広報委員
柴田 護

【背景・目的】

前庭性片頭痛 (vestibular migraine: VM)はめまい発作を主症状とし、めまい発作のエピソードの半数以上に頭痛を始めとした片頭痛に関連した症状が認められる。耳鼻科外来では、めまい発作の主要な原因として注目を集めている。また、発作間欠期においても、多くのVMA患者は空間性見当識障害や自己の動きや視界の動きに対して感受性が高いことを訴えており、視覚系と前庭系の協調性の異常が示唆される。VM患者の前庭神経機能を検討した複数の研究からは一貫したデータが得られていないのが現状である。一方、機能画像データでは、VMの急性期において視覚系および前庭系に属する大脳皮質の代謝異常が報告されている。本研究は、VM患者における視覚系と前庭系の大脳皮質レベルでの相互作用の有無について検討している。

【方法・結果】

VM患者、前庭症状のない片頭痛患者 (non-vertiginous migraine: NVM)、良性頭位性発作性めまい (benign positional paroxysmal vertigo: BPPV)、健常対照者の各15名から同意を得て以下の研究を行った。円形の部屋の壁に360°展開するスクリーンが設けられ、被験者は部屋の中央に置かれた回転イスに座らされた。1秒間あたりに加速度0.3°/sを3秒間隔でイスを回転させた。イスの回転が始まった時間と被験者が回旋を感知した時間の間隔を計測し、これを前庭性知覚閾値 (vestibulo-perceptual threshold: VPT)と定義した。また、眼振計を装着し、イスの回転が始まった時間と眼振計上で眼振あるいは持続性緩徐相と合致する眼球運動が検出された時間の間隔をVOR閾値 (VORT)とした。 動的な視覚刺激は、スクリーンの白黒模様を40°/秒の速さで5分間ずつ水平方向に動かす操作を左右3回ずつの合計6回施行して負荷した。被験者の自覚症状の評価は、Dizziness Handicap Inventoryでめまい症状について、Spielberger Trait and State Anxiety InventoryとHospital Anxiety and Depression Scaleで不安とうつについて施行した。VM患者にのみMotion Sickness Susceptibility Questionnaireも施行した。VORTに関しては、ベースラインの段階においてVM患者ではNVM患者と健常者に比較して有意差をもって高値であった。しかし、BPPV患者とは有意差を認めなかった。また、BPPV患者では、健常者とNVM患者に比較してVORTは有意に高値であった。動的視覚刺激後に、VM患者ではVORTがベースラインに比較して有意な増加を認めた。 しかし、そのようなベースラインからの増加はBPPV患者では確認されなかった。ベースラインのVPTに関しても、VM患者では健常者とNVM患者に比較して有意に高値であった。なお、健常者、NVM患者、BPPV患者の間に有意差は認められなかった。動的視覚刺激後には、VM患者ではVPTはベースラインに比較して上昇した。また、健常者、NVM患者、BPPV患者に比較しても有意に高値であった。また、BPPV患者ではVPTはベースライン値と動的視覚刺激後の値に有意差は認められなかった。また、VPTとVORTの間の差を解離係数とおくと、VM患者ではベースラインでは健常者とNVM患者に比較して有意に高く、動的視覚刺激後にさらに増加した。なお、VORTやVPTの値は前兆の有無には影響を受けていなかった。また、各種質問票の回答から、VORTやVPTはうつ症状による影響はなく、VM患者でのMotion Sickness Susceptibility Questionnaireの結果とVORTおよびVPTとも相関性は確認されなかった。

【結論・コメント】

今回の研究結果は、VM患者ではVORTとVPTがベースラインで健常者とNVM患者に比較して高かったため、前庭性刺激に対する感受性が低いことが示された。しかも、大脳皮質レベルで影響を与える動的視覚刺激を行うと一層感受性が低下した。「VM患者は、一般の片頭痛患者や末梢性めまいの代表疾患であるBPPVと何が違うのか?」というのは大きな疑問と思われるが、本研究で行った検査はこれらの3つの疾患を分別した点で注目に値する。VMでは視覚系と前庭系の大脳を介した相互作用に異常が特異的に存在していることが示されたが、VMに限らず片頭痛患者では様々なモダリティーの感覚について、末梢のみならず中枢神経系における信号処理の異常が指摘されていることは興味深い。片頭痛というのは三叉神経系の痛覚にとどまらない広範な脳機能異常を呈する症候群とみなすべきなのかもしれない。